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覚醒した者は集合意識からの自由を得る

覚醒した者は集合意識からの自由を得る

今回のテーマは「社会意識から自由になる」です。

社会意識とはその国や文化がもつ常識、集合意識のことであり、覚醒した人はこの社会意識から自由になります。

日本ってどこか窮屈。そんな風にみなさん感じたことはないでしょうか?

それはどこからやってくるのでしょう。

日本は恥の文化と言われ、世間を立て、自分を主張するよりも曖昧さを好むと、西洋の国から評されることがあります。

この恥や世間を重んじる気質は、日本人の本質と大きな関わりがあります。

アカシックレコードでは日本人の集合意識の特徴は「調和・和」であると記されています。

上記したような日本人の独自の気質は、この調和を元に、それがポジティブに働くときには、たとえば災害時に全体を重んじる心として現れ、ネガティブに働くときには、世間の評価を気にするあまり、お互い身動きがとれなくなり、過労働や鬱病などという状況を作り出す場合もあります。

常識を悪とし、否定しているとき、社会意識から自由になることはできません。

もしあなたが日本の社会意識から自由になろうとするなら、この調和の本質をあなたの一部としてとらえ、しっかりと自己認識をする必要があります。

この調和・和についての本質を、孔子は論語のなかでこのように表しています。

「君子は和して同ぜず。小人は同して和せず」

ここでは「和」と「同」とは、まったく別のものであると説かれています。

同というのは、自主独立した自分がなく、他の人と合わせることで安心しようとする小人(霊性の低い人)の態度であり、和とは、自主独立した個人が協調しあう君子(覚醒した者)の態度であると孔子は言っているのです。

この「同」と「和」の微妙な、しかし厳然とした違いに、日本の社会意識から自由になるヒントがあるのではないでしょうか?

身近なあなたの日常を見回してみましょう。

たとえば世間付き合いで、相手のことを気づかっている態度を見せながら、自分を守ろうとしているとき。相手の愚痴に合わせて、自分の意見を言わないとき。

こんなとき人は「同」になってしまっています。そして「同」とは他の人に合わせているようでいながら、実は自分のサバイバルにとらわれている意識なのです。

もし「同」にとらわれてしまったなら、そこにどんなあなたの戦略があるのか観察してみましょう。何をあなたは守ろうとしているのでしょう?あなたは何を恐れているのでしょうか?

それを知ることが社会意識から抜けだすための第一歩となります。

そしてあなたが本当の「和」を理解し、自主独立した個人でありながら、協調しあう態度を体現したとき。

日本人のもつ本質を一切否定することなく、「含んで超える」ことによって、社会意識から自由になる道へと踏み出すこととなるのです。

 

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